大判例

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神戸簡易裁判所 平成3年(ハ)132号 判決 1992年1月30日

原告

株式会社大強建設

代表取締役

大強列

訴訟代理人弁護士

平正博

被告

吉田明生

訴訟代理人弁護士

山﨑省吾

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、六九〇、五〇〇円及びこれに対する平成二年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、建築工事の設計・請負等を業とする株式会社である。

2  請負人原告と注文者被告とは平成二年四月一二日付で、三木市加佐九七三の三所在の被告所有建物につき、請負代金二〇〇万円と定めて、次の内容の改修工事請負契約をした。

① 廊下・屋根庇解体工事

② サッシ及び柱の取替工事

③ 敷地採堀及びコンクリート、フェンス解体工事

3  被告は、平成二年五月一七日発信の内容証明郵便をもって原告に対し、原、被告間の契約を解除するとの意思表示をなし、右書面は同月一八日原告に到達した。

4  原告は、平成二年四月二二日頃から同月末頃までの間に、次の内容の工事を施工した。

① 堀採工事 出来高

2.7×5×0.3立方メートル

② コンクリート解体工事 出来高

0.45×2.7×0.9立方メートル

③ フェンス解体工事 出来高

2.7×1.35平方メートル

④ 廊下解体工事 出来高

0.9×4平方メートル

⑤ サッシ取付工事

右工事出来高合計は六九〇、五〇〇円となる。原告は被告の民法六四一条の規定に基づく契約解除により同額の損害を受けた。

5  よって、原告は被告に対し、六九〇、五〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である平成二年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び3の事実は認める。

2  同2及び4の事実は否認する。原告による工事がなされたのは、平成二年五月九日から一一日までである。

三  被告の主張

1  原告代表者大強列(以下原告代表者という)が平成二年五月二、三日頃三木市加佐九七三の三被告方を訪ね、被告に対し、「バルコニーの下をカーポートにすれば、原告において二〇〇万円でできる。」との申込みをし、被告はこれを承諾し、原告代表者と被告間に図面と見積書は五月一一日までに原告から被告に差入れる、追加工事はしないことを合意し、原告代表者は被告に<書証番号略>の工事発注契約書を交付した。右契約の内容は、①カーポート兼バルコニーの設置、②その前提として、被告方庭の整地、堀採、コンクリート解体及びフェンスの解体等の改良工事、③家屋の一部となるサッシの取付工事、④その前提たる家屋の一部たる廊下の解体、電話等の移設工事である。

2  被告は三木市に勤務する地方公務員であって、右契約は営業のためにするものではない。

3  本件契約については、訪問販売等に関する法律(以下特にことわる以外は法という)二条にいう「訪問販売」であり、同法が適用される。

(一) 本件契約によると、全体としてカーポート兼バルコニーの販売とみれば、法二条、訪問販売等に関する法律施行令(以下特にことわる以外は令という)二条一項、別表第一の三七号「その他の家庭用装置品」にあたり、構成部品毎にみたとしても、別表第一の四号「雨戸、門扉その他の建具」又は二七号「コンクリートブロック、壁用のパネルその他の建築用パネル」の中に含まれる。いずれにしても、法二条に定める指定商品の販売に該当する。

(二) 法二条、令二条三項の「指定役務」にあたるかについてみるに、カーポート兼バルコニー設置工事の前提となる前記②の改良工事、③の取付工事、その前提たる④の各工事は、令別表第三の一号「庭の改良」、八号イ「雨戸、門扉その他の建具」、同号ホ「れんが、かわら及びコンクリートブロック並びに屋根用のパネル、壁用のパネルその他の建築用パネル」、十号「家屋、門若しくは塀の修繕又は改良」のいずれかに該当し、法二条に定める「指定役務」の提供にあたる。

(三) 以上の事実によると、原告は販売業者又は役務提供事業者で、営業所以外の被告方で売買契約若しくは役務提供契約を被告と締結して、指定商品の売買若しくは指定役務の提供を行ったものであるから、本件には訪問販売等に関する法律が適用される。

4  原告が契約締結の際、被告に交付した<書証番号略>の工事発注契約書には、契約月日、商品の型式が表示されておらず、法五条一項に定める売買契約若しくは役務提供契約の解除に関する事項(いわゆるクーリング・オフに関する事項、以下クーリング・オフ関係事項という)が記載されていない。右事項が記載されていない書面は、法五条に規定する書面とは認められないから、クーリング・オフの期間は進行しない。

5  被告は平成二年五月一七日発信の内容証明郵便(<書証番号略>)で原告に対し、クーリング・オフにより本件契約を解除する旨意思表示をし、同月一八日右書面は原告に到達した(<書証番号略>)。

6  被告のクーリング・オフ権の行使により、原告は、被告に対し、本件損害賠償を請求できない(法六条三項、なお、同条五項、八項)。法六条三項は民法六四一条の規定に優先して適用されるものである。

四  被告の主張に対する原告の答弁

被告主張の1のうち、原告代表者が被告に工事発注契約書(<書証番号略>)を交付したことは認めるが、その余の事実及び2の事実は否認する、3の主張は争う、4のうち、<書証番号略>の工事発注契約書に契約月日、商品の型式が表示されておらず、クーリング・オフ関係事項が記載されていないことは認めるが、その余の主張は争う、5の事実は認める、6の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が建築工事の設計・請負等を業とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。弁論の全趣旨(原告登記簿謄本)によると、平成二年四月一三日大強興産有限会社を組織変更して原告株式会社大強建設を設立し、平成二年四月二六日登記を経由したことが認められ、これを覆す証拠はない。

二原告代表者が被告に<書証番号略>の工事発注契約書を交付するまでの経過

欄外記入部分を除くその余の部分については<書証番号略>、原告代表者(一部)、被告本人各尋問の結果によると、次の事実が認められる。

1  原告営業員稲塚、豊平が平成二年三月中旬頃、三木市<番地略>の被告方を訪ね、被告に対し名刺を渡し、「外壁材の新製品ができたので、被告宅の周囲を廻っている。被告方でもぜひさせてほしい。」と勧誘したが、被告は断わった。その話中、被告から、カーポートとバルコニーを兼ねたものを欲しいと言ったところ、稲塚らは、「原告でできる、代金概算は三〇〇万円である。」と勧めたが、被告は金額の点でこれを断わった。

2  原告営業員豊平、小林が平成二年四月下旬頃被告方を訪ね、被告に対し、カーポート兼バルコニーを二五〇万円でできると申入れたが、被告は金額の点で断わった。その際、豊平らは被告の家屋の写真を写した。

3  豊平、小林が平成二年五月二日か三日頃の昼被告方を訪ね、被告の妻いとみに対し前同様の申入れをしたが、同女はこれを断わった。

4  原告側から平成二年五月二日か三日頃の午後五時ころ被告方にもっと安くなるので伺いたいと電話をし、同日夜原告代表者、豊平、小林が被告方を訪ねた。被告は原告代表者に対し、「被告の家屋の二階から前に張出すバルコニーを設置し、その下をカーポートにして欲しい。」と申入れ、原告代表者はこれを承諾し、両者間で請負代金は二〇〇万円と定めた。

その際、原告代表者と被告間に工事の内容について、概ね次の合意をした。

①  カーポートを設置する庭にコンクリートブロック及びフェンスがあるので、これらを撤去する。

②  庭の高さが道路面より高いので、掘り取る。

③  車の出入に邪魔になる電柱を移設する。

④  カーポートの間口は一m五〇〜一m八〇以上、奥行は三m以上にする。

⑤  カーポートの雨除けのため壁面の一部に波板を面張りする。

⑥  カーポート兼バルコニーを設置するために障害となる被告家屋の一部(縁など)を取りこわす。

⑦  みぎの縁に取付けている電線を移設する。

⑧  家屋の一部取りこわしによって外面となる部分にアルミサッシを取付ける。

⑨  バルコニーにはアルミ柱を使用する。

工事発注契約書の用紙(<書証番号略>と<書証番号略>は複写)に、被告において、発注年月日欄に平成二年と記入し、注文主氏名欄に署名押印し(但し、押印は<書証番号略>のみ)、原告代表者において、金額欄に二〇〇万円、着工欄に平成二年五月、工事欄に「電気工事移動、電話工事移動、アルミ柱使用、間口一五〇〇−一八〇〇×奥行三〇〇〇以上、サッシ取替工事、立上り二Mより奥行西側面張」等と記入した。そして、原告代表者は被告に<書証番号略>の工事発注契約書を交付した(この事実は当事者間に争いがない。)。その際、被告は原告代表者に対し図面の交付を求め、同人は後日これを交付すると約束した。

原告代表者尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できない。もっとも、<書証番号略>の発注年月日欄には平成二年四月一二日と記載されているけれども、<書証番号略>の契約書を作成した日が四月一二日であると認めるに足りる証拠はない。

三本件取引に訪問販売等に関する法律が適用されるか、

1  近年における販売方法の多様化の一つの方向は、通常の店頭販売の枠を乗越え、店舗外に出向いて販売活動の場を拡げ、積極的に顧客獲得行為を行うものである。この場合には、必然的に相手方に対する強力な売込みを伴うことになる。このため、一般的に、店舗外での販売活動においては、勧誘が強引である、販売条件が不明確である等の問題が生じやすい。しかし、このような販売活動の積極的な展開は、それが健全に行われている限りにおいては、消費者の利便の増進に寄与する面も少なくない。そこで、訪問販売等に関する法律は、①訪問販売等に係る取引関係を公正にすること及び取引の相手方である購入者等が不当な損害を受けることのないよう必要な措置を講ずることにより、購入者等の利益の保護及び適正かつ円滑な商品等の流通及び役務の提供を適正かつ円滑にすることを目的として制定されたものであり、この目的を達するための諸規定を設けている。従って、訪問販売等に関する法律は、同法の定める構成要件に該当する、民法上の売買、請負、委任等の契約についても、右観点から規制するものである。

2  本件取引が訪問販売等に関する法律に定める指定役務(法二条三項、令二条三項、別表第三)又は指定商品(法二条三項、令二条一項、別表第一)に関する取引にあたるか、

(一) 前記二の4の事実に<書証番号略>を合せ考えると、被告家屋の一部を取壊し、その敷地と庭とを合せてカーポート兼バルコニーにつくりかえる工事は、別表第三の一号「庭の改良」及び十号「家屋の修繕又は改良」の役務にあたる。念のため個別の工事についてみると、前記二の4の①②④⑤の各工事は別表第三の一号「庭の改良」の役務にあたる。③の工事は別表第三の一号「庭の改良」及び十号「家屋の修繕又は改良」の役務にあたる。①⑦⑨の各工事は別表第三の十号「家屋の修繕又は改良」の役務にあたる。⑧の工事は別表第三の八号イ「障子、雨戸その他の建具」の取付け又は設置の役務及び十号「家屋の修繕又は改良」の役務にあたる。

(二) 前記二の4の事実に<書証番号略>を合せ考えると、本件取引を全体としてみると、カーポート兼バルコニーの販売であり、これは別表第一の三十七号「その他の家庭用装置品」の販売にあたる。

なお、昭和六三年法律四三号(昭和六三年一一月一六日施行)で改正される以前の訪問販売等に関する法律では、指定商品とは、「主として日常生活の用に供される」物品のうち、「定型的な条件で販売するのに適する」物品で政令で定めるものと定められていた(旧法二条三項)が、右法律の改正により、指定商品とは、国民の日常生活に係る取引において販売される物品であって政令で定めるもの(法二条三項)と改められたので、個別注文品及び特別注文品であっても、政令別表第一に該当するものは、指定商品とされることになった。

(三)  右のとおり、本件取引は指定役務に関する取引にあたると共に、指定商品の取引にもあたるものであり、両者は法律的に重なり合う関係にある。

3 前記一及び二の事実によると、原告は営利の意思をもって、反復継続して販売取引及び役務の提供取引を営業として行うものであることが認められる。

4  以上の事実によると、販売業及び役務提供の事業を営む原告が、営業所以外の場所である被告方において指定役務の提供及び指定商品の販売にあたる<書証番号略>の工事発注契約を工事代金二〇〇万円で、被告と締結したことが認められる。従って、本件取引については訪問販売等に関する法律が適用される。原告代表者尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できない。

四被告のクーリング・オフ権の行使

原告代表者が本件契約の際、被告に交付した<書証番号略>の工事発注契約書には、契約月日及びクーリング・オフ関係事項が記載されていないことは、当事者間に争いがない。クーリング・オフの起算点は、クーリング・オフ制度に基づき、取引の相手方が解約できることについて販売業者又は役務提供事業者が開示義務を尽くしたときと解すべきであるから、クーリング・オフ関係事項が記載されていない書面は法五条に規定する書面とは認められず、クーリング・オフの期間は進行しない。

被告が平成二年五月一七日発信の内容証明郵便で原告に対し、クーリング・オフ権の行使により本件工事発注契約を解除する旨意思表示をし、右書面は翌一八日原告に到達したことは当事者間に争いがない。

そうすると、被告のクーリング・オフ権の行使により、原告は法六条三項、五項により被告に対し、損害賠償、その他の金銭の支払を請求することができない。

五以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がないから、棄却することとする。訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官竹田國雄)

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